日本人が翻訳書を読みづらいと感じる3つの理由

こんにちは、哲也です。

 

普段色々な種類の本を読んでいるのですが、得意なジャンルと苦手なジャンルがあります。苦手なジャンルの中でも、特に『洋書・翻訳書』は何故か読みづらいと感じます。

 

文体が難しいという訳でも、凝った表現をしているわけでもないんですが、なかなか一度で理解することが出来ないんですよね。

最初は僕だけなのかな~と思っていたのですが、知り合いに聞いてみても同じ感想で『なんか読みづらい』という意見でした。

 

そこで、タイトルでは日本人と大きく括ったのですが、おそらく同じように考えている人も多いだろうということで、翻訳されたビジネス書などが何故読みづらいと感じてしまうのか、僕なりに、その理由を書いてみます。

理由その1:登場人物が多い

翻訳書が読みづらいと感じる理由の一つとして、登場人物の多さというのがあります。海外のビジネス書は、事例が豊富に書かれていることが多いですが、一つの事例に出てくる登場人物も多いです。

 

例えば、事例1で『マイク』『ケリー』『ジェイソン』という登場人物が出てきて、それに関連するものとして紹介される事例2では、新たに『アレン』『エリー』という登場人物が出てくる。

 

『いやいや、どんだけ登場人物出てくるの!?』

と言いたくなるくらい、登場人物が多いものがあります。

 

あまりに登場人物が多いことで、どの人が何をしていて、という事を把握するのに苦労して、結果何度も読み返して理解する…というパターンが多いです。

 

おそらくですが、欧米などの人間関係の文化から登場人物の人数が多くなるのだと思います。欧米などは、日本と比べると交友関係が広いですよね。近所同士の人での繋がりや、誕生パーティーには友人が多く集まるだとか。翻訳書に登場人物が多く登場するのも、この交友関係の広さからくるのではないでしょうか。

理由その2:名前や地名に馴染みがなく覚えられない・イメージ出来ない

2つ目の理由は、翻訳書の人名とか地名とかって、当たり前ですけどカタカナ英語で、日本人には馴染みがないものが多いですよね。

 

日本のビジネス書であれば、事例においても多くは日本の地域、日本人の名前が登場します。だからこそ、名前を覚える努力をしなくても覚えられるし、地名を聞けばどの辺りであるか分かるので、何となく状況がイメージ出来やすいです。

 

別に名前や地名を覚えたりイメージ出来なくても、本の内容自体は理解することはできるとは思います。しかし、そいういった人名、地名について『分からない』『イメージ出来ない』という感情が蓄積していって、苦手意識を感じる人もいるでしょう。

 

読んでいて『あれ?これどこの話だっけ?』とちょいちょい疑問に思って、前のページに戻ることが多いですね。

理由その3:文章の構成が異なる

3つ目の理由として、日本語と英語などでは文章の構成が異なるという点にあると思います。それは文法の違いもあるとは思いますが、それ以外の要因として、海外との文化の違いが文体にも表れているからではないでしょうか。

 

例えば、日本人同士でも文章には違いがありますよね。作家の独特な言い回しとか、ブロガーさんの文章の雰囲気とか。それが海外の人であれば、当然文章の雰囲気のようなものも異なるわけです。

 

そして、その文章を日本語に翻訳する過程で、原文とは異なる意味の言い回しや表現になることもある。日本語と外国語では文章の構成や言い回し、文法まで異なるので、これらを原文と同じように訳すのは無理なので、そこで違和感を感じたりするのではないでしょうか。

・・・と色々考えてみましたが

以上のようなことを仕事中延々と考えていたのですが、結局解決策は浮かびませんでした(笑)

 

結論としては、翻訳書を読むなら仕方がないと割り切って、慣れる、我慢するしかないのかな~と思います。

 

翻訳書について、どう思いますかね?

僕や僕の周囲の人だけが読みにくいと考えているのか、基本的にそう思うものなのか…

 

いや、お前の勘違いだよ!という方がいたら教えてください(笑)